レーグルはどれくらい禿げていた?
ボシュエは、不幸を有する快活な男であった。彼の十八番は、何事にも成功しないことだった。それでかえって彼は何事をも笑ってすましていた。二十五歳にして既に禿頭だった。(三部四編一章/豊島与志雄訳)
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はい。重要な問題ですよね。(←同意の強制)
日本語の「禿げ」という言葉はいまいち程度が曖昧です。髪が薄くなりかかっている状態から髪の毛が一本もない状態まで、幅広く対応する言葉です。この「禿頭」という言葉も、好意的に解釈しようと思えばいくらでもできそうです(実際「アロエッテの歌」なんかでは「禿げている」のではなく「禿げかかっている」状態になっていましたし)(今関係ありませんが、この漫画傑作だと思います)。
fanficを読む時などに定まった想像図がほしい身としては、果たして彼がどの程度禿げてたのかというのはかなり気になることです。
しかし私は相変わらずフランス語がこれっぽっちもわからないので、とりあえず英語圏ではどういう受け止められ方になるのかを英会話の先生(英国人)に質問してみました。
「ある小説の中で男が "He was bald" と書かれてたんですけど、これ、具体的にはどういう状態ですか?」
そんな問いに、先生は笑顔できっぱりと答えてくれました。
"No hair"
「‥‥え、あの、全然ないってことですか?」
「そうよ。一本もないってこと」
「じゃ、禿げかかってる場合は‥‥」
「その時はthinning hair(髪が薄い)とかreceding hair-line(生え際が後退した)って言うわね」
「‥‥えー‥‥じゃあ、こういうのは?」
と、いわゆる波平さんの後頭部を描いて見せると、先生は苦笑しながら次のように書いてくれました。
"He's bald on top (with some wisps at the back)"
「これでもまだbaldじゃないんですか」
「違うわねえ」
「うーん‥‥そ、そうなんですか‥‥」
「その人は年寄りなの?」
「いえ、若いです。二十五歳で禿げた("at twenty five he was bald")って書かれてるんです」
すると先生は痛ましい顔つきになって、首を横に振りました。
「不運なことに(Unfortunately)、そういう人もいるわ」
不運。
なんか今、その一言で何もかもが片づいてしまったような気がします。
まあ、つまり、もし髪が少しでも残っていたなら、そういう状態を表す言葉はいくらでもあるから、別の書き方をしただろうってことですね。
でbaldと書かれてる以上はbald以外の何者でもないと。
岩波訳に「薬缶頭」と書かれているのを見て(四巻p28/字は違います)そんな予感はしてましたが‥‥ああ、やっぱり。
ともかくこれで解りました。英語圏のどのfanartを見ても、レーグルがつるっぱげで描かれてたわけが。
少なくとも英語圏の人がレミゼを読んだ時、彼の想像図は完全な禿頭になってしまうようです。
さて、上の質問をしてから随分経ってから、英会話のクラスにフランス人の女の子が入ってきました。
たまたま授業のテーマが人体に関することだったので、思い出してこのことを聞いてみることにしました。
「フランス語でbaldって何ていうの?」
「'chauve' よ」
「それってどういう意味? つまり、baldみたいに完全に禿げてるってことか、thinning hairみたいに髪が残ってる状態も含んでるのか‥‥」
「あ、ううん、完全にNo Hair」
またも明快な答えを笑顔でいただいてしまいました。
この「二十五歳にして既に禿頭だった」の原文は
です。まんまです。
つまり、この文章を好意的な誤解の一つも起きないように日本語で表現するとしたら、
「彼は二十五歳という年でありながら、すでに頭に髪の毛が一本も残っていなかった」
とでも書けばいいってことでしょうか。
これを聞いてから私、道行くスキンヘッドのヨーロピアンの男の人を目で追うようになってしまいました。もう重症です。
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