ゴシップ

Gossip

Written by SarahMc
Translated by Chicory






 さてみんな、これから話すのは全て本当のことだ。いや、まあ、ほとんどがってとこかな。大切なのは、重要な部分と大方のところは本当だってことだ。笑えるところは全部僕のでっち上げだから、そういうとこでは君たちは僕のために笑ってくれないといけない。ああ、わかってるよ。準備いいかい? よろしい。そっちの方、ちょっと詰めてジュアンも座れるようにしてやってくれないか? 場所は充分にあるんだ、押し合う必要はない。ワインを注いでくれたら話を始めよう。

 みんな落ち着いたかい? 大丈夫? よし。さて、この話は僕のいつもの話が大抵そうであるように、集会が終わったところから始まる。あの夜は僕一人だけが遅くまでカフェに残っている羽目になった。というのは、例のあの人に地図だったか何かの設計の手伝いを頼まれていたからでね。それにもう一つ、アドリアンの奴が卑怯にも、僕を待っているよりミュジシェッタの待つうちへ飛んで帰る方がいいと決めてしまったからだ。

 いいや、君は帰ったよ、ジョリー、大人しく認めたまえ!よく覚えてるはずだ、賭けてもいい。

 とにかく、そう、僕は閣下を待って遅くまでカフェに残ってたんだが、たっぷり二十分も待った後で、彼はもう来ないものだと決めて帰ることにしたんだ。そして僕が上着を取り、蝋燭を吹き消して、まさに出て行こうとした時 ー

 ああ、だろうね。彼は「閣下」なんて呼ばれるのを良くは思わないだろうな。ハ、ただの冗談だよ。ところでその懐かしのアンジョルラスは今夜はどうしたんだ? 病気? マリユスと同じのにやられたって? どこで拾ってきたか見当がつくってもんだ。で、その謎のウイルスは一体何なんだい?

 え、本当に?

 へえ、そりゃ驚いた。それ結構本気で大変なんじゃないか? ふむ。みんなで彼に「早くよくなってね」のカードか何か送ってあげようか? それとも腕のいいお医者の方がいいかな。お願いだから、アドリアンをその気の毒な病人に近づけないでくれよ!

 えっ? いや、違うよジョリー、君が彼に病気をうつされたりしちゃいけないからって意味だよ。そんな、馬鹿言うなよ、僕が君を侮辱するはずないだろ! 君はすばらしい医学者だよ、ね? な、みんな、そうだよな?(頼む、誰か援護してくれ)ほらね? そうさ、僕らみんな君を尊敬してるんだよ、アドリアン。そんなに興奮しないで。座って。

 どこまでいったっけ? あ、そうそう、アンジョルラスだ。

 アンジョルラスがこの遅い待ち合わせに現れなかったので、僕は帰ることにした。僕が蝋燭を吹き消し、上着を着て、まさにここを出ようとしていた時、ドアに乱暴なノックの音がした(見えるね? あのドアさ)。それで僕はドアを開けた。ただその前に、僕は燭台をひとつ手に持っていった。この燭台はとても重いからね、夜遅い時間だったし、泥棒か何かだった時にそなえて身を守る物が必要だと思ったんだ。僕は燭台を手にドアの前に立った。そして ー

 ああ、そりゃもちろんまず最初に蝋燭は抜いておいたとも。言うまでもないだろ。

 あとね、プルヴェール、聞かれる前に言っておくけど、この話の中では君のだいじなだいじな燭台はひとっつも壊れないから。頼むよ、君は続きを聞きたいのかい、聞きたくないのかい?

 ともあれ、僕はドアを開けた。するとそこに、蝋燭の光の中に立っていたのは、一人の女の子だった。何だい? 僕は蝋燭を抜いておいたはずじゃなかったかって? ああ、忘れてくれ。蝋燭はまだ燃えてたんだ。いたのは、ただの小ちゃな浮浪少女だった。十六以上には見えなかったが、もしかしたらもっと年が下だったかも知れない。しかしその子には何か目をひくものがあった。その子に見覚えがあった、と言えるかもしれない。でも僕は誓って、その子をそれまで一度も見たことがなかったんだ。

 おや、女の子が関係していると知ってみんな目の色が変わったね。案の定だ。話には二人の女性が出てくるんだと言えば、少しはましになるかい? はは、だと思った。まあそう焦るなよ、グランテール。僕にももう少しワインをくれないか。いや、アブサンは遠慮しておく。

 ああ、素敵だね。ワインほど物語に風味を添えてくれるものはない。好きにやってくれ、フィイ、いや僕は全然気にしてないよ。ただそいつは一番高価なやつで、君はまたもや僕の話の腰を折ってるっていうだけのことだ。

 終わった? そいつはありがたい。そう、でその少女だが、失望させてすまないが可愛い子ではなかった。ちっともね。しかし言ったとおり、その子は他の子供達とはどこか違って見えた。彼女はこの、男物の上着を着ていたんだ。高そうなものに見えたけど、たぶん兄貴か誰かのものだろうと僕は推測した。そして彼女は、我らがポンメルシーのことを僕に訊ねてきた。彼を見かけましたか? ここに来ましたか? 元気ですか? 彼がどこにいるか知ってますか?

 まあ、言ってしまえば僕は知らなかった。僕は彼女を見すえてこう言った。「マリユス・ポンメルシーは病気だ。おまえみたいに汚いのがそばに来たらもっとひどくなるだけだよ。行っちまえ」とね。

 おっと、お説教は勘弁してくれよウージェーヌ。あれは夜遅くだったし、恵まれない惨めな人々の面倒を見るのは、僕はもう沢山だったんだよ。誰もが君みたく常に理性的でいられるわけじゃないんだからね。誰か他に、僕のその哀れな少女に対する残酷な態度にショックを受けた人は? こちらの保守主義者さんだけ? こいつは驚きだ。じゃあ、話を続けさせてもらってもいいかな?

 よろしい。お願いだからもう邪魔はしないでくれ。

 まあ実を言うと、数分後には激しい罪の意識に襲われてね。君は実によく僕らを感化してくれたよ、コンブフェール。それで僕は蝋燭を吹き消して(そう、今思い出したよ、その子を追い出した後で消したんだった)、上着をしっかりと体に巻きつけ、カフェを出て、いそいで彼女の後を追った。だが奇妙なことに、その子はもうどこにも見あたらなかったんだ。ポン!消滅。そんな感じさ。

 それで、僕は家に帰ることにした。だってね、そういう子たちのこと、君たちも知ってるだろう? 彼らは僕たち、グランテールは除くとして、僕たちがこの部屋のことを知ってるよりもよく街のことを知ってるんだ。彼女の後を追って全ての道をたどってみるわけにもいかないだろ? とにかく遅い時間だったからね、これは全て罠かもしれないという厭な予感がした。だってほら、泥棒なら僕を罠にかけたがるに違いないじゃないか? 僕がどれほど裕福かはみんなも知ってのとおりだ。

 ああ、うん、今のは冗談ってやつだよ、アドリアン。僕は裕福じゃな‥‥ もういい。

 まあそういうわけで、僕は家に帰ることにしたんだ。さて誰の家に帰るべきか、と僕は考えた。なんといっても、アドリアンが愛人のために走って帰ったのだとすれば、僕がそこに現れたところで感謝されるとはあまり思えないしね、そうだろ? おや、赤くなったね、君。まったく可愛いんだから。それで僕はクールフェラックの家に泊めてもらうことにした。彼が証言してくれるだろう。

 おい、僕は君をベッドから引きずり出しやしなかっただろ。起きてたのはわかってるよ。違うの? それは申し訳ないことをしたね。起きてれば良かったのに。僕がそれを見たのは、クールフェラックの家へ行く途中のことだった。彼の家に行くのに、プリュメ街を通る必要があることは知ってるね? そう、で、道沿いの庭の前を通り過ぎ、角を曲がったところで、僕はその庭の中に思いがけず女の子が立っているのを見つけた。いや、さっきのとは別の女の子だ。今度の子は可愛かった。

 ははあ、恋人を待ってるんだな、と僕は考えた。その気の毒な子にきまりの悪い思いをさせたくはなかったから、僕は暗がりの中で身を隠した。だが彼女は僕の姿を見つけたんだね、僕に向かってこう呼びかけてきた。「ムッシュー、あなたですの?」

 いや、何もそんな、目も眩まんばかりに美しい子だったって言ってるわけじゃないよ。でも可愛い子だったよ。さっきの浮浪少女よりもずっと、ずっと可愛かった。ついでに黒髪だった。まあ何でもいいけど、とにかく彼女はそう言ったんだ、「ムッシュー、あなたですの?」ってね。

 僕は凍りついた。はたして僕は「ムッシュー」じゃありませんって返事したものだろうか? いや確かに僕も「ムッシュー」だよマドモアゼルじゃないよ、でも彼女の言うところの「ムッシュー」ではないし‥‥と、言い訳を考えてたせいで、僕は結局何も言えなかった。幸運だったことには、僕がそうやって沈黙したままそこに立っている間に本物の「ムッシュー」が茂みから飛び出してきたんだ。

 僕は焦った。つまりね、君たちならどうする? こっそり立ち去るか? その場に留まって成り行きを見守るか? 何? ああ、クールフェラック、君がどうするかは僕らみんなわかってると思うよ、だからわざわざ言わなくていい。プルヴェールが怒る。それはともかく、その少女と彼女の恋人だ、ひどく暗かったから僕には二人がよく見えなかった。ねえ、そこでそうやって見ているのがどんなに危険なことだったかについてはもう言ったかな? 殺されてたかもしれないんだぜ!パリの通りは僕のように繊細な若者が夜出ていくべきところじゃないよ、そうじゃないか? いや、答えてくれなくていいから。

 そうして見ているうちに、僕は男の方が口数が少ないのに気がついた。というか、二人ともほとんど何も言わなかったんだ、キスしてばっかりで。男の顔は帽子の下に隠れてよく見えなかったが、女の子の方はまったくもって無邪気な様子をしていた。こんな風に覗き見してるのは褒められたことじゃないよなあ、と考えていた時、その女の子が突然叫んだ。「ああ、マリユス、愛してるわ!」だか「マリユス、愛しいあなた」だかそんな感じだ、よく覚えてないが。重要なのは、僕がその時、そこにいるのが我らがポンメルシーと彼の謎のユルシュールだってことに突然気がついたってことなんだ。病気だって? 僕は思った。何が病気だ!

 だが彼はまだ口をきかなかった。我らがポンメルシーらしくないじゃないか、え? そこで僕は彼をおどかしてやろうと思った。まああまり賢明な思いつきじゃなかったかもしれないけどね、とにかくそうしたんだ。僕は彼の背後に忍び寄ってこう言ってやった、「やあ、久しぶりだね。僕はてっきり君がインフルエンザで死にかかってるものだと思ってたよ。良かったらそのお嬢さんに紹介してもらえないかな?」

 だが、僕は終いまで言うことができなかった。というのは、マリユスがくるりと振り返って僕に向かって金切り声をあげたんで、僕の言葉は遮られてしまったんだ。しかし、いくらマリユスの奴が時々うぶな女の子みたいだとはいっても、これは少々おかしかった。僕は彼の顔を覗き込んだ。そして、それがマリユスとは全くの別人だったことにはっと気がついたんだ。かわいそうなユルシュールも僕とほぼ同時にそれに気がついたみたいで、悲鳴をあげて庭の中に走って行ってしまった。お転婆だねえ。それはともかく、僕はマリユスから帽子を取り上げて、マリユスの上着を見下ろした。そしてそれから、マリユスの顔を見たんだ。

 僕がマリユスを逃がさないために、彼女の腕をつかまえなくちゃならなかったことは言ったかな。そう、その通り。僕は「彼女」と言ったんだ。我らがマリユスは、誰あろうあの男物の上着を着た浮浪少女に他ならなかったんだ!ただ、今となっては、あれはマリユスの上着だったと僕は確信している。どうやって手に入れたのか、見当もつかないが。

 そうとも、ドアをノックしたあの女の子だったんだ。考えられるかい? しかし彼女はとても素早くて、あっという間に、というか実際のところこっちがなんにも言えないうちにさっと逃げられてしまった。

 そして僕は、いったい何を一番に驚いたらいいのかわからなかった。マリユスの愛人がこんな見え透いた罠にひっかかるほど間抜けだったことにか、それとも、あの女の子がどうやら本当にそれをしたくてしたんだということにか。気持ちはわからないでもないけどね。マリユスの彼女はまあ、可愛い子だったから。

 とにかく、そう、これがその顛末というわけ。どうだった?

 うん?

 ん、まあその場にいたんでなきゃ、ちょっとわかりづらい話だったかもな。まあ、もう一杯やれよ。



End.





 訳者あとがき:

 みんなの前に立って喋っているボシュエの、愉快そうな声が聞こえてきそうな作品です。ちょっと大げさな物の言い方がいかにもボシュエらしくて、彼の口調や、みんなの反応を想像しながら何度も読んでしまいました。ジョリーに誤解されて慌ててるところとか、可愛くて大好きです。また他の奴らの言うことも、一人一人キャラが立ってて素敵。何げに全員出てるのが嬉しいです。
 時々、口語すぎて意味がとりにくいことがありましたが、根性で乗り切りました。どんな言葉遣いにしたら彼らしくなるかを考えながら訳すのは楽しい作業でした。

 Thank you so much to SarahMc for permitting me to translate this fic and use it on my site!
 Updated 29 March 05