The Most Happy Fella





 夕方になって突然、雨が土砂降りに降りだした。

 こんな激しい雨の時、ABCの友の青年達は何をするだろうか。アンジョルラスなら現状を正しく認識・把握し、それに沿って行動する。つまり傘をさして歩く。コンブフェールなら静かに観察するし、プルヴェールなら雨宿りする屋根もない者のことを憂えて嘆く。クールフェラックは外に出られないと文句を言い、フィイはポーランドに思いを馳せ、バオレルはビリヤード場に籠もり、グランテールは酔いつぶれる。
 ジョリーはどうするか。ジョリーは雨粒の激しく叩きつける窓を眺めながら、ベッドに座って自分の脈をとっていた。
 残念ながら、彼の根深い憂鬱気質を総動員しても、特に異常があるとは思えなかった。
(まあ、ただの夕立だから。すぐ止むだろうな)
 実際、彼が脈をはかっているほんの数分の間に雨の勢いはピークを越えておさまりつつあった。空が東の方から明るみかけていくのを確認して窓に背を向けた時、ジョリーはふとひっかかるものを感じて足を止めた。
(そういえば、奴は今日傘を持って出たっけ?)
 その心配が彼の心をよぎったのとほぼ同時に、部屋のドアにノックの音が聞こえた。
 激しい雨の時各人がどうするかは先に述べたとおりだが、ABC友の会にはもう一人の仲間がいる。こんな突然の雨の時に、何をするかという選択権を持たない男。必ず外にいて、絶対に傘を持っておらず、雨宿りできる場所も見つからず、一生懸命走って目的地についたちょうどその時に雨が止む、そんな不運の星の下に生まれたような男が。
 どうやら、彼は今回もそのパターンから逃れられなかったらしい。
「君って奴はほんとに‥‥」
 ドアを開けたジョリーは、半ば予想していた光景を実際に目の当たりにして溜息をついた。頭からつま先まで濡れネズミになって、レーグルは晴れやかな笑顔でおどけて敬礼をしてみせた。
「ただいま斥候から戻りました、上官どの!」
「ご苦労、ボシュエ三等兵。状況を報告せよ」
「はっ、外は激しい雨でしたが、自分が着く頃にはもう止みかけておりました。夜更けまでには雲も晴れ、月の光が裏通りまで明るく照らすことでしょう」
「なぜ途中でどこかの店に入るなりして雨をしのがなかったのかね?」
「入ろうにも持ち合わせがなかったのであります」
「財布を忘れたのか?」
「はい、いいえ上官どの。朝方、すられたのであります」
 これだけ話す間にジョリーは引出しからタオルを取り出し、レーグルは靴と靴下を脱いで部屋に入り、水を吸って色の変わった上着とタイとシャツを体から剥がして無造作にマットの上に落とし、ジョリーの投げてよこしたタオルを受け取って頭から拭きはじめていた。
「すられたぁ?」
 ジョリーは地の喋り方に戻って、素っ頓狂な声をあげた。レーグルは乾いた布の下からくぐもった声で答えた。
「うん、どうもそうらしいんだ。変な男と道でぶっつかってね、その時は気にも留めなかったんだが、後で気づいたら財布が消えてた」
「間抜けだな〜〜っ、それじゃ君、今日は一日文無しかい!」
「とはいえすった方もいい災難だったと思うよ、五スーしか入ってなかったんだから」
「君にしちゃましじゃないか。今ストーブに火を入れるから、ちょっと待ってろ」
 ジョリーはタオルをもう一枚投げてやりながら言った。彼が机の引出しを開けてマッチを探していると、濡れた服を全部脱ぎ捨てて腰にタオルを巻いただけになったレーグルが背後からひょいと覗き込んだ。
「マッチならもうないよ。今朝僕が最後のを持って出ちゃったから」
「持って出た? じゃあ出せよ、全部使っちゃったわけじゃないだろ?」
「いや、だから。持って出たんだってば」
 レーグルは脱ぎ捨てた衣類の山を指さして言った。
 ジョリーは一瞬わからずぽかんとしていたが、ぐしょ濡れになった上着のポケットの中でマッチがどんな状態になっているかを理解した途端、火がついたように笑いを爆発させた。
「あっは‥‥!さすがだ、レーグル!不幸の三連鎖とは恐れ入ったよ!ここんとこ何事もなかったから久々のヒットだ。運命の女神はまだ君を見放してはいなかったようだね!」
 レーグルは憮然として彼を睨みつけた。
「不幸と不運を一緒にしてもらっちゃ困るな。僕はただものすごくついてないだけで、ちっとも不幸せじゃないよ!」
「同じことだろ? 結局いつも痛い目見てるじゃないか」
「違う、違‥‥ああもう!」
 レーグルは話を聞かせようとしばらく手をあちこちにさまよわせていたが、ジョリーがあまりに笑うので、天井をあおいで溜息をつくと、やにわに腕を伸ばしてジョリーの肩を捕まえそのまま思いきり抱きすくめた。
「笑うな!」
 ジョリーはびっくりして身をすくませ、笑うのをやめた。頭を押さえつけられ、どうしようもなくなってジョリーがそのままじっとしていると、少しして背中の方からレーグルの楽しげな含み笑いが聞こえてきた。
「ねえジョリー、僕はさっきも雨の中を走りながら考えてたんだよ。レーグル・ド・モー、おまえはなんて幸せな奴なんだ、ってね。仮とはいえ帰れる場所があり、そこには君がいてくれる。たとえ王様がパリの半分をやると言ったって、この幸せに代えることはできないね」
 そう言って、彼は大きな犬にするようにジョリーの頭をくしゃくしゃっと乱暴に撫でた。
 ジョリーは犬ではなかったのでこの予想外の抱擁から逃れようと身をよじったが、レーグルは面白がって抱きしめる腕にますます力をこめた。
「やめろ、ボシュエ、僕が濡れる!」
「もう拭いたって!」
「まだ乾いてない!冷たいよ!」
「君があっためてくれりゃいい」
「また風邪ひいたらどうしてくれるんだ!」
「僕が半分引き受けるよ」
「あああああ、もう、ほんとに‥‥」
 ジョリーは諦めたように呟くと、力を抜いてレーグルの肩に頭をぐったりともたせかけた。レーグルは、おや、と思って笑うのをやめ、その頭をてのひらで軽く叩いた。
「どうしたの?」
「なんでもない」
「怒るなよ!」
「怒ってない」
 ジョリーは頭を上げ、レーグルの額を小突いて苦笑した。
「なんでもないよ。どうしようもないだろ? 僕は君が好きなんだ!」
 そう言って、ジョリーはまた頭をレーグルの肩に乗せた。背中に腕が回されるのを感じ、レーグルは嬉しそうに笑って、囁いた。
「それだけで僕は最高に幸せだよ」



End.





 note:

 なんかもう、マイナーとかイバラとか、既にそんな問題ではないような。日本で自分一人かもしれないと思いながら書いてます。
 題は同名のミュージカルより。その中のナンバー"Somebody, somewhere"の歌詞、どこかで私の事を思ってくれている人がいる、そう思えるのはなんて素敵なことだろう‥‥というくだりを聴いていて思いついた話。