Jeeves Pastiches  ジーヴズもののパスティーシュをご紹介。おいおい増えていく予定。





 Wake Up, Sir! by Jonathan Ames (Scribner, 2004)

 あらすじ:アラン・ブレアは現代に生きるユダヤ系アメリカ人。三十歳、アル中、彼女なし。学生時代に自作が一本出版されたがそれ以来二作目を書きあげることのできない、売れる売れない以前の問題の物書き。酒のせいで同居人に追い出され、叔母夫婦の家に居候になりながら、お金もなく憂鬱な時期をウッドハウス作品を読むことで笑いで乗り切ろうとしていた彼の所にひょんなことから大金が転がり込んでくる。ウッドハウスのユーモアと降って湧いた幸運のダブルパンチで一気にハイになり、そうだ、俺もジーヴズみたいな召使を雇おう!とその場のノリで決めてしまった彼の元に派遣されてきたのは、その名も「ジーヴズ」という超有能な男だった‥‥。
 およそ現世的な悩みと縁のないバーティとは違って、心身ともに問題だらけで、自己嫌悪や強迫観念、孤独、緩慢な自殺願望、民族的劣等感、それにホモセクシュアル妄想と危ういバランスで折り合いをつけつつ、もがくように日々を生きるごく普通人のアラン。バーティそのものの口調であけすけに語られる彼の心情は、可笑しくて笑わずにいられないながら、時に涙を誘うほどに悲しくて切ないものだったりします。でも、彼の側にはいつでもジーヴズが。

 「ジーヴズ」などという姓に生まれついてしまったことに少なからず煩わしさを感じているらしいこのジーヴズは(彼は名前のせいで自棄になってこのvaletという職を選んだのではないか、とはアランの推測)、本家ジーヴズよりもずっと控えめです。冷静で有能ではあっても超人的に万能なわけではなく、問題を解決するというよりはアランの専属セラピストという感じ。言葉遣いはジーヴズそのものでも、話してる内容は似ても似つかないという辺りのギャップが笑えます。アランの振る話題が悪いのかもしれませんが。

 叔母夫婦の家を出て、心機一転、アーティスト達のコロニーに参加することに決めたアランは、道中トラブルに巻き込まれながらも目的地ローズ・コロニーにたどり着き、やはりそこでもトラブルに巻き込まれます。
 果たしてアランは小説を書き上げることができるのか? 夢の女性に出逢うことはあるのか? 酒を絶つ事ができるのか? なぜ世の中誰も彼もこんなにセックスマニアばかりなのか?
 物事を鮮やかに処理するジーヴズの手腕を期待する向きには少々物足りなく感じるかもしれませんが、アランのジーヴズに向ける思いやり、ジーヴズのアランに向ける温かい気遣いには心がほっこり和みます。物語は無責任で痛快な展開を見せ、最後の一行まで油断のならないスリリングなユーモア小説です。

 それにしてもアランは可愛い!登場一言目からとっても可愛かったんですが、第五章を読み終えたところで完全に私の心のニューアイドルに決定しました。もういいからジーヴズの首にかじりついて泣いちゃえよ、アラン!(笑)

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 Scream for Jeeves : A Parody by P. H. Cannon (Necronomicon Press, 1994)
 コズミック・ホラーの始祖H・P・ラヴクラフトの作品世界にウッドハウスのノリそのままのバーティとジーヴズを放り込んだ、名状しがたく慄然たる冒涜的なパロディ。ジーヴズ作品の多分に漏れずバーティの一人称で語られ、彼の目を通して見たラヴクラフト世界を読むことができる。
 舞台はおどろおどろしいのに、バーティの口調と感想がそれを台無しにしていて笑える全三編+他一編収録。

 ウッドハウスとラヴクラフトのクロスオーバー・パロディ。
 という説明を読んだ瞬間、怪しげな触手に巻き付かれて万事休すなバーティの図を想像してしまったのは公然の秘密であり本当に申し訳ありません

 お互いに関わりが無いながらも同時代を生きていた、この両作家の大ファンだという作者P.H.Cannonは、まず、書き方がとても丁寧。話の展開はほぼラヴクラフトの原作どおりのままで、叙述はウッドハウスのスタイルを模倣しています。バーティの独特な語り口調を上手く再現しながら、随所に両原作のネタをこれでもかというくらいにちりばめるその自由自在っぷりには感動を覚えます。愛と読み込みの深さは相当のもの。

 ウッドハウスのテンポに惑わされないラヴクラフト世界のタフさにも感心しますが、悪魔的なラヴクラフト世界の空気をものともせず軽くかわしているジーヴズはやはり最強。彼はもしかして、あちらの世界の秘密にも触れているのかもしれないと思えてきます。バーティの方は、立ち直りの速い性質とはいえさすがに無傷とはいかず、毎回命に関わらない程度に神経削られてるようです。


 以下に本書収録作品と、下敷きにされているそれぞれの作品の紹介。
 ラヴクラフト側の元ネタは全て創元推理文庫の「ラヴクラフト全集」全七巻で読むことができます(「」内に原作の題名、()内に所収巻数)。


"Cats, Rats, and Bertie Wooster(猫と鼠とバーティ・ウースター)" ー「壁の中の鼠(1)」

 友人のエドワード・"タビー"・ノリス大尉に頼まれて、バーティとジーヴズは奇っ怪な出来事に悩まされるデラポーア氏の屋敷へと出かけていくことに。夜中に猫が騒ぎ立てるので、ノイローゼ気味のデラポーア氏と一緒に地下へ降りていった彼らの見たものは‥‥。
 厳かに家庭の事情を説明してくれるデラポーア氏と、気の抜けたコメントを返すバーティのかみ合わない会話が面白い作品。


"Something Foetid(悪臭を放つもの)" ー「冷気(4)」及びランドルフ・カーターもの数作(6)

 骨休めのため向かったニューヨークでバーティが知り合った、気のいい物書きの青年ランディ。彼は同じ下宿の住人が健康を害しているのに医者にかかろうとしないのを心配し、ジーヴズの力を借りにくる。しかしあいにくジーヴズはバーティの購入した新しいスーツが気に入らず頼みを聞いてくれない。代わりにランディの下宿に出向いたバーティは、そこで冷凍庫のように冷えきった部屋に住む世にも奇妙な老医師ムニョスに出逢う。バーティはランディに力を貸そうとするが、実はランディにも秘密があり‥‥。
 数作品をミックスさせた不思議な作品。バーティのスーツは、しかるべき哀れな方法で処分されます。


"The Rummy Affair of Young Charlie(青年チャーリーの奇妙な冒険)" ー「チャールズ・ウォードの奇怪な事件(2)」「エーリッヒ・ツァンの音楽(2)」「故アーサー・ジャーミンとその家系に関する事実(4)」

 アガサ叔母に命令されて、神経症気味の青年チャールズの面倒を見にパリに滞在するはめになったバーティ。やがて陰鬱なチャールズ青年は姿をくらますが、ジーヴズは彼がオーゼイユ街という地図にはない場所に居を移したことをつきとめる。二人はそこで謎めいた老アメリカ人のアルタモントに出会い、チャールズが同じ下宿に住むエーリッヒ・ツァンという老音楽家の手稿を狙っていると話される。それはとても重要な手稿で、良からぬ者の手に渡してはならないのだ。手稿を手にするべく協力を要請された二人は、策を講じ始める‥‥。

 アーサー・ジャーミン好きの私は、"Life is a hideous thingummy." という書き出しのパロディ一行だけで爆笑してしまいました。このアーサー・"ポンゴ"・ジャーミンもバーティの友人の一人という設定。
 老アメリカ人アルタモントというのは、ウッドハウス/ラヴクラフトいずれの創作でもなく、作者Cannonが愛してやまないこれまたもう一人同時代の作家、コナン・ドイルの作品からの出張出演です。
 オーゼイユ街に建つ下宿屋で、バーティとチャールズ・ウォードと老アルタモントがジーヴズ、大家のブランド老人に下宿人二人を従えて明かりを消して待ち、ツァン老人が帰ってきたところで拍手で出迎えた時にはもうどうしようかと思うくらい笑い転げてしまいました。イヤだこんなラヴクラフト!


 残りの一篇、"The Adventure of the Three Anglo-American Authors: Some Reflections on Conan Doyle, P. G. Wodehouse, and H. P. Lovecraft" は、先の三編のコメンタリーのような位置づけのドイル、ウッドハウス、ラヴクラフトの三人に関する小論文。ウッドハウスとラヴクラフトは二人ともコナン・ドイルを尊敬していたそうです。


 こちらで最高に良質のパロディを展開してくれたCannonはまた、ホームズ物の長編パスティーシュもものしています。
 河出文庫の「シャーロック・ホームズのSF大冒険 上」の序文によると彼の作品「パルプタイム」では、ホームズとラヴクラフトがニューヨークの下水溝で恐怖体験をするのだそうです。どこまでも好き勝手ですねこの人。きっと面白いと思うので、機会があれば読んでみたいです。

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 BY JEEVES Music by A.L.Webber Written by Alan Ayckbourn (1996)
 イントロ:バーティのバンジョーコンサートの日がやってきた!しかし舞台の幕が上がった時、彼の手に楽器は無い。盗まれてしまったのだ。これではお客達に楽しんでもらえない、どうすればいいんだと焦るバーティに、ジーヴズが畏れながらと提案する。「代わりのバンジョーが届きますまで、過日ご主人様の身に起きました一連の出来事をお話しになって、皆様にお楽しみ頂いてはいかがでしょう‥‥」
 有り合わせのセットと演出で、バーティと仲間達のドタバタ劇が始まる。

 作者自身が「音楽のないミュージカル・コメディ」と言ったウッドハウス作品を本物のミュージカルに仕立て上げた傑作。

 あらすじ:バーティの友人、ガッシーが恋をした。相手はマデリーン・バセット嬢、厳格な判事ワトキン・バセット氏の一人娘。父娘それぞれに取り入りたいガッシーだったが、まずいことにはバーティが以前軽犯罪で裁かれた際に、ワトキン判事の前でガッシーの名を騙ってしまっていた。バーティのせいで本名を使えなくなったガッシーは、反対にバーティの名前を騙って、ワトキン判事の居住するトットリー・タワーズに滞在することに。

 その頃新聞で、バーティにとっての疫病神である旧友スティフィーとバーティの婚約が報じられ、身に覚えのないバーティは驚いて単身トットリー・タワーズへと向かう。

 着いてみれば旧友のビンゴが女傑オノーリアに熱を上げているわ、ガッシーの岡惚れするマデリーンには成金のアメリカ男サイラスがまとわりついているわ、早くも波乱の予兆が。そこにスティフィーが現れて、新聞の婚約発表はバーティをおびきよせる為の罠だったと打ち明け、自分と村の牧師ピンカーとの結婚を保護者であるワトキン判事に認めさせるのを手伝えと脅迫する。

 通りすがり、初対面のサイラスにうっかり本名を名乗ってしまったバーティは、ワトキン判事にばらされては大変とガッシーと二人がかりでサイラスを誤魔化しにかかるが、結局苦し紛れに今度はビンゴに成り代わることに。そこにのこのこやってきた当のビンゴは無理矢理ガッシーにされてしまい、事態がいっそうの混乱を呈する中、ジーヴズがトットリー・タワーズに到着する。

 ウースター家の家訓に従い、旧友たちの恋路を助けてやろうと必死なバーティだが、彼の思惑に反してオノーリアはバーティに未練を見せ、マデリーンはバーティが自分に恋しているのだと勘違いする。ジーヴズの策もなかなか成果が上がらず苛立つバーティ。遂にはスティフィーに無理難題を押しつけられたバーティをスープの深みからすくい上げるべく、ジーヴズの手腕が輝く。


 ‥‥あまりに複雑すぎて何度DVD観てもよくわからないので敢えて長々とあらすじ書いてみました。
 多分こういう話で合ってる。はず。

 元々ミュージカルマニアの私が初めて出会ったジーヴズは、この作品でした。まずCDを聴き、DVDを観、原作はそれよりずっと後に「ああ、あの舞台の原作なのか、じゃあ読んでみようか」と手をつけました。
 つまり、私の思い浮かべるジーヴズはずっと、老獪なじいさんでした。
 長年かけて培われたこのイメージが払拭されるまでには多大な労力を要したことは言う迄もありません。そしたらしたで今度はスティーブン・フライの顔(BBCドラマ版)しか思い浮かばなくなってくるしでまた一苦労。勝田文さんのコミック版でようやく中和されました。


 あらすじのとおり、内容は原作からいくつかの話を拾い集めてまぜこぜにしたオリジナルストーリー。ガッシー、マデリーン、ビンゴ、オノーリア、スティフィー、ピンカーと、おなじみのキャラクター達のエピソードを巧みに絡ませ、新しいハッピーエンドに導きます。

 しかしマデリーンを狙っているのは革命家スポードではなく、アメリカ人成金のサイラス・バッジ三世Jr. というオリジナルキャラ。
 実はこのミュージカルがヒットするまでには紆余曲折があり、一度は75年に「Jeeves」という題で作品が発表されました。が、こちらは鳴かず飛ばずの失敗作。その後歳月を経て練り直されたのがこの「By Jeeves」です。
 あくまで推測ですが、75年版にはスポードが出ていることから、原作通りの展開だったために誰もがオチを知っていて面白くなかったのではないかと思います。


「深刻な事件は何も起こらない」という原作どおり、音楽は全編とおして耳に残りやすい、明るく軽妙なメロディー。さすが、目的に合わせた音楽を作ることにかけてはウェッバーは天才的だなあと思います。スティフィーがアンサンブルを従えて歌う "Love's Maze" はとっても可愛い!サントラを聴くだけでも気分がうきうきしてきます。スティフィーとピンカーの清々しく前向きなデュエット "Half a Moment" はミュージカルのスタンダードナンバーとして有名です。
 大型ミュージカルのような豪華さはありませんが、何も考えずに楽しく聴ける、お薦めの作品です。ラストには騙されてるバーティのバンジョーコンサートも収録されています。ご一聴を!


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 ミュージカルナンバーの間にバーティとジーヴズの会話が収録されていて、歌詞も台詞も全て歌詞カードに書かれているのでとても重宝します。なにより、秀でた額、きっちりと撫でつけられた銀髪、帽子を小脇に抱えてスラリと細身のMalcolm Sinclairのジーヴズのヴィジュアルはきっと皆様お気に召すのではないかと!

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 収録されているのは歌のみ、リーフレットだけで歌詞はついていません。特にリーフレット裏面のジーヴズの写真はあらぬ誤解を招くものですのでDVDを観た方にのみおすすめします。各キャラクターはこちらの方がカリカチャライズされて分かりやすくなっている感じがします。

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 ブロードウェイ版キャストで収録。John Schererのチャーミングなバーティの姿、遊び心たっぷりの舞台芸術と演出をぜひその目で観ていただきたいです(というか目で見ないとわからない仕掛けが物語のオチなので)。残念なことには古いDVDなので英語字幕がありません。