宇宙一の恋じゃないけど

Not Exactly The Galaxy's Greatest Romance

Written by daegaer
Translated by Chicory






「なあフォード、こういうのはあまりいい考えだとは思えないんだ」
「あっそ。こうされるの好き?」
「ん、っ‥‥うん‥‥い、いや!あのな、ぼくはこういうことができるようには生まれ育ってな‥‥っ‥‥いんだ。ぼくにはある種の社会的偏見ってものがあるんだよ、フォード、だからもし良ければ‥‥」
「いいとも、喜んで」
「んぐ」
「ヘヘ」

* * *


 アーサー・デントには、なぜこんなことになってしまったのかわからなかった。自分は一体なぜ異星人の‥‥何だと言えばいいんだ。ペット? 恋人? 親族会議でみんなにどう紹介したらいいか悩むような人?
「友だちだよ、アーサー」フォードは溜息をつきながら言った。「おれたち、もう何年も友だちやってるじゃないか」
 アーサーはこのことについて考えてみた。いや、他の友だちは、今フォードが企ててるように彼の体中撫で回そうとしたりすることはまずなかったと確信を持って言える。友だちというのは、酔っぱらって哲学的な議論を交わしたりしなかったりしながらパブに一緒に行ったり、一緒にスポーツ観戦したり、時には映画さえ一緒に見たりする人のことだ。フォードだって、昔はキスなんかねだったりしないで、そういうことを一緒にやってきたのに。
 もっとも、地球が破壊されてからというものアーサーは少しどころではなく調子が狂っている気がしていたので、そもそもの原因となった質問をフォードが投げかけた時、充分な考慮に基づいた答えを返さなかったかもしれない。
「アーサー、おれのこと好きか?」
「ん? うん、そりゃあ‥‥んんんんっ!」
 アーサーは時々、自分たちのどちらかが何かしらこのシチュエーションを誤解しているのではないかと思うことがあった。だが、だからといってどう解釈し直せばいいのかわからなかったので、とにかくフォードに自分の主観を説明し続けることで手を打つことにした。その、イギリスでは物事はちょっとばかり違ったふうに進んでたんだよ、フォード。だから悪いけど‥‥いや、そうだね。確かに気持ちよかったけど、うん。え? いや、ぼくは何を言おうとしてたんだっけな。
 一つ残念だったのは、地球から歯磨き粉を持って来られなかったことだ。フォードのキスはまるで、モーターオイルのような味がした。
「個人的な意見は脇に置いとけよ、アーサー。ここではもっと柔軟に物事を考えなきゃ」


* * *


 何度も繰り返しフォードに状況を説明しているうちに、アーサーは進歩を感じ始めた。フォードは、これまではまるでアーサーが彼を焦らすためにやってるんだと言わんばかりににやりと笑うだけだったが、今では、まるでアーサーが彼を焦らすためにやってるんだと言わんばかりににやりと笑う前に、少々焦れた顔をするようになった。
「ぼくは何も、きみを焦らしてやろうと思ってやってるんじゃないんだよ。わかる?」
「わかった。それじゃ、そろそろ一緒に寝てくれる?」


* * *


「あのな、フォード」
「今度は何だ、イギリス、地球、社会的偏見、それとも親の期待? キスしてくれよ」
「きみがぼくを連れてきた時こんなこと考えてたなんて、ぼくは思ってもみなかったんだぞ」
「わかったわかった、いいからこっちに‥‥何だって?」
「だから、こんなことだなんて‥‥だって、どうやってわかれっていうんだ?」
「おれ、お前に言ったじゃん」
「は? 聞いてないぞ。きみは『アーサー、一緒に外宇宙にかけおちしてベッドに行こう』なんて一度も言わなかった。そんなこと聞いたら覚えてる」
「そりゃ、今お前が言ったとおりの言葉は使わなかったさ。でもあの殺人的な映画クラブで、お前なんて言った? あの破壊的な講義受けてた時に。特にあの、いかに全てのSF映画が稚拙な性的特色を付与されたファシスト的拉致願望として表現されている全体主義的な永遠の母なる女神の腕に抱かれた自己否定のために抑圧されたホモエロティックな欲望を描いているかについての講義だよ。お前、それを聞きながら言っただろ。『あークソ、誰かこのぼくを拉致してくれないもんかな。もう我慢できない』って」
「覚えてないな」
「そうかい、でもおれたち二人のうち、どっちの記憶があてになると思う? おれは答えて、『いつかおれがこの惨めな岩の塊から脱出する時、お前もつれて行こうか?』って言ったんだけど」
「ええと‥‥」
「お前は『そりゃすてきだ。いつ行く?』って答えたよな。それから『ちょっと待てよ、それはつまりぼくがきみの愛の奴隷にならなきゃならないってことなのかな』って付け加えた。それでおれは『そういうこと。頼むよ、一緒に来てくれ、アーサー』って言ったんだ」
「あ」
「でお前は『いいとも、行こう』って言った」
「ジョークだと思ったんだ!」
「ハ。ま、おれはお前が本気だと思ったんだよ。見損なったぜ、アーサー。こんな風におれを騙すなんて」
「そんな。フォード、きみの気を悪くするつもりじゃなかったんだよ」
「じゃ、キスしてくれ」
「いや今のは皮肉‥‥ああ、わかったよ。今度だけな」


* * *


 もう一度同じ説明をひとわたり繰り返した後で、アーサーはようやく突破口を開いた気がした。だが、果たしてこれが自分の求めていた結果だったのだろうか。ともかく理解してはもらえたようだった。フォードはまるで、こんなに腹が立ったのは生まれて初めてだというような顔になった。
「こんなに腹が立ったのは生まれて初めてだ」とフォードは言った。
 「異様でおっかない」といった言葉を使うのはおそらくデリケートな選択ではないだろう、とアーサーは判断し、謝った方がいいだろうかと考えたが、そうこうしているうちに機を逸してしまったことにはっと気がついた。
「もういい。忘れてくれ」フォードは冷たく言った。
 部屋に戻ろうとした時、フォードが紛れもなく傷ついたプライドをまとい腰を上げて立ち去るのを見て、不思議なことにアーサーは心にぽっかり穴が開いたような気分になった。
 それから数日、彼はフォードが自分に口をきいてくれていないという強い印象を抱いた。
 それはたとえば、フォードが「そこの異星人にジャム取ってくれるように言ってくれ」と言ったり。
 アーサーが部屋に入ってくると、出て行くようになったり。
 または面と向かって「アーサー、おれ、お前と口きかないからな」と言ったり。そういった、細かいことの積み重ねによるものだった。
 ゼイフォードが耐えきれずに放った「おい、地球人!お前らいったいいつキスして仲直りするんだよ?」というのが唯一アーサーに直接向けられたコメントだったので、彼は消え入りたくなるほど恥ずかしくなった。これと決めた獲物を一日中つけ回し、次から次へとアルコール飲料を摂取しながらくだらない質問を浴びせかける以外ろくにやることもないゼイフォードに対して、無視という方法は大して役に立たなかった。
 トリリアンは関係したがらなかった。彼女の目つきからするとどうやら、以前アーサーが、異星人と関係を持つなんてことは徹底的に歪んだ愚行だと嘆いていたことに対する彼女なりの意趣返しらしかった。彼はまだマーヴィンに話しかけるほど絶望的にはなっていなかったが、それも時間の問題と思えた。
 そんなわけで、ある日いきなり物陰から飛び出してきたフォードに手近な部屋に引っ張り込まれた時、アーサーは大いにほっとした。これなら普段通りだ。彼は、もう一度説明しようと心の準備をした。
「いいか?」フォードは、ガイドの画面を指さして言った。「この惑星の大気は地球のとほとんど同じなんだ。税率も同じ。土着植物をお湯で煮出して作る飲み物まである。通りがけに降ろしてやるよ。ゼイフォードの奴もまだ家族の資産全部は凍結させてないだろうから、お前が一人でやってけるように、金もいくらか渡してやるからな。じゃ、後で」
 アーサーは途方に暮れて彼の後ろ姿を見送った。今日は木曜日に違いない。そんな気がした。


* * *


 全くもって驚くべき本、銀河ヒッチハイク・ガイドに書かれているように、惑星ゥレイズの大気は確かに地球のものとよく似ていた。地球の、十九世紀ロンドンのもっとも霧深い日の大気に。その当人がきわめて不快な悪条件に対して寛容であるならば、人間の忍耐の範囲内であると言えたが、旅行者はたいてい屋内で過ごす方を選ぶ。アーサーは、到着ロビーの窓にのしかかる霧を陰気に眺めた。
「行くぞ」フォードは短く言った。「駐船料金払ってないんだから」
 外はうすら寒く、じめじめしていて、いっそう霧が深かった。アーサーは身震いしてガウンの前をかき合わせた。フォードは冷たくじめついた霧など気にならない様子で、地元の町に向かってどんどん歩いていった。彼はじめついた小さな店に入ると、アーサーに小さなスーツケースと新しいスリッパを買った。彼は更にじめついたホテルにアーサーを連れて行き、彼に部屋を取った。それからこわばった笑みとともにアーサーに土着植物をお湯で煮出したものの入ったカップとアルタイル・ドルの束を手渡した。
「給料に十五年間手をつけられなくて、却って良かったぜ。職業安定所はこの先だ。仕事に就く前に、研修クラスを受ける必要があるかもしれない。じゃ、またどこかでな、アーサー」
 アーサーは、土着植物をお湯で煮出したものの入ったカップを見て目をぱちくりさせた。お茶のようには見えない。だがそれを伝えようともう一度顔を上げると、フォードはいなくなっていた。アーサーはカップから一口すすりながら、フロントへ戻った。味らしきものは何もしなかった。
「すいません、僕と一緒にいた人が出ていくの、見ませんでしたか?」
 デスクの生物は肩をすくめた。
「最近の雇用状況はどんな感じでしょう?」
 生物は雑誌から目を上げた。邪魔されて気分を害したかもしれない、と思ったが、アーサーにはその表情は読めなかった。そもそも顔がどこにあるのかも。
「今不景気だからね。就労許可願いの順番待ち名簿に名前書かないといけないよ」
「はあ。どれくらいかかりますか?」
「一年かそこら」
「はあ」
「あと、審査条件として、生活資金があるっていう証明も要る」
「あー、つまり、自分を扶養するために働くための許可を得るためには、まあほんの基本的なレベルでってことでしょうけど、働かなくても暮らせる身分じゃなきゃいけないってことですか?」
「あぁ。それができなきゃ強制送還」
「強制送還? どこへ?」
「生まれた星だよ」そう言って、生物はまた雑誌に目を戻した。
 アーサーは気持ちをなんとか前向きに保とうと頑張った。心配しなくてもまさか、地球が元あった場所にエアロックから放り出したりなんかするはずが‥‥考えないことに決めた。
「夏にはこの辺りも陽気になるんでしょうね」
「お客さん、今が夏だよ」生物は答え、なめらかな毛皮に覆われた触覚でページをめくった。
 アーサーは土着植物をお湯で煮出したものの入ったカップを投げ捨て、通りに飛び出した。
「フォード!フォード!」
 さわやかからはほど遠い、じめついた夏の濃霧にむせかえりながらアーサーは通りを駆け出した。フォードはもう遠くまで行ってしまっただろうか?
「フォード!」
 何も取り乱す必要はないんだ。アーサーは自分に言い聞かせた。ただ宙港に引き返して、身分証明なしに警備を通り抜け、銀河一のおたずね者が運転する盗品の宇宙船に戻るだけ。意味の通らない言葉が口からこぼれ始めた。泣きながら通りを走り回ったりするのは、自分の体面にかかわることだろうか。まあ、どうなるもんか試しにやってみよう。
「アーサー!一体何やってるんだ? お前、さっきからこのパブの前三回も通り過ぎてるんだぞ!」
 感動にむせび泣くのはきわめて適切な行為であると判断し、彼はフォードに飛びついた。
「フォード!ぼくを置いていかないでくれ!」
 フォードは眉を上げると、彼をパブの中へ引き入れ、腕を組んでいかめしい目つきでアーサーを睨んだ。
「で、それは『フォード、ぼくを置いていかないでくれ、きみなしじゃ生きていけない』なのか『フォード、お茶って言葉を聞いた事もないような奇妙な生物たちの所にぼくを一人で置いていかないでくれ』なのか、どっちだ?」
 アーサーは、a) かつてギルフォードがどこにあったかを知っている者と一緒にいるのは、例えそいつが実はギルフォードの出身ではなくベテルギウス近くの小惑星から来たものだと判明したとしても非常に嬉しいことであり、フォードがしたいことなら何でも、今すぐ、必要とあらばこのバーカウンターの上ででも喜んでする準備があるということ。そして、b) 自分は頭が柔らかい方じゃない。フォードが満足できるような答えを今すぐ出せるとは思えない。以上の事柄を盛り込んだ回答を返すことにした。
「ああ、いいよそんなの。ったく、恋愛においては誠実さが大切だなんて誰が言ったんだか。とりあえず、地球のことごちゃごちゃ言い続けるのはやめてくれるか?」
 アーサーは、また消えられたら大変だとでも言うようにフォードから目を離さずにうなずいた。
「食べ物に文句言わないな?」
 アーサーはまたうなずいた。
「それと、」フォードは意味ありげに間を置いた。「おれはまだお前が好きなんだよ」
 アーサーの中で、この宇宙に少なくとも一人自分を好きでいてくれる人がまだ残っているという安堵感が、昔の生活の残片にすがりつこうとする必死さと等量になった。たとえそれが、イカレた異星人の男だったとしても。そして実を言うとフォードは、アーサーなら「恋愛と戦争においては」と言うところだが、何をやっても許されるだろうと判断して、アーサーに向けてそれとなくフェロモンを発していたのだ。アーサーには内緒だったが。
 アーサーはもう一度うなずいた。フォードは少し表情を柔らかくし、椅子に腰掛けるとバーテンダーに合図した。
「オーケー。バーテンダー、これと同じの二つ」
 バーテンダーがカウンター越しにアーサーの方をじろりと見、
「なるほど、この人ですか」
 と、フォードからいやというほどアーサーのことを聞かされたのであろうことをにおわす口調で言った。
 フォードはただ、バーの上で指をコツコツ鳴らしただけだった。やがて大きめの、黒っぽい、どう考えても動いている飲み物が二杯出された。フォードは片方を取って飲み始めた。どうやらアーサーにも飲めということらしい。アーサーはそれを用心深く見、臭いを嗅いだ。おぞましい臭いがした。腐敗臭だ。しかも、まだ腐食する気満々の。フォードはというと、どこから見ても喜色満面で自分の分を飲み終わろうとしていた。
「あー、フォード。気持ちがありがたくないってわけじゃないけど、これはぼくの代謝機能ではちょっと‥‥」
「もう文句か、アーサー?」
 そう言うとフォードはカウンターに金を置き、立ち上がろうとするそぶりを見せた。
 アーサーは素早く腹を決めた。この広い宇宙の中で地球に降り立ったことのあるたった四人のうちの一人が、今まさにドアを出て行こうとしているのだ。彼はグラスを掴んで一息に中身を飲み干すと、フォードをぐいと引き寄せてキスをした。
「アーサー!やればできるじゃないか!」
 フォードは、アーサーが彼に息継ぎを許すなりそう言った。彼はその先祖が何だったにせよ決してベジタリアンではなかったことがはっきりわかる笑い方をして、嬉しそうに空のグラスを見た。
「飲んだな。いい子だ」彼は優しくアーサーの肩をたたいた。「さて、胃洗浄しようか」
「ああ、そりゃいいね」アーサーは死んだような声で答えた。


 翌日、黄金の心号でアーサーが目を覚ますと、彼はフォードに抱きしめられてキスされていた。彼はいつもの癖でまた例の説明を始めそうになったが、その考えはもうきっぱりと捨てることにした。
 アーサーは生まれて初めて、モーターオイルの味を甘いと思った。



End.





 訳者あとがき:

 原作を読んでいるとアーサーがあまりにストレートだったので、これはスラッシュは無理かな、と思っていたらこんな方法があったか!と目を開かされた作品(笑)。二人の思惑が全然かみ合ってないのがすごく好きです。あと、さりげに妙なことを言っている淡々とした地の文が個人的ツボでした。
  こちらに続編が。珍しめの可愛いフォードが見られますのでこちらもぜひぜひ。

 Thank you so much to Daegaer for permitting me to translate this fic and use it on my site!
 Updated 31 March 2006