驚愕のオレステスとピラデス

Orestes And Pylades Shocked

Written by Jenelin
Translated by Chicory






 いつもと変わりない、普通の朝のことだった。アンジョルラスは起きると手早く服を着替え、ブロンドの髪を後ろにまとめあげてパリの街へと出ていった。教室に滑り込むと、彼はジョリーの隣に席を取った。
「やあ」とジョリーが囁きかけた。「きみ、何だか今日はかっこいいね」
「はあ‥‥どうも?」
 アンジョルラスは面食らった。彼はいつもと何ら変わったところはなかったし、ジョリーは普段、人を褒めるような奴ではない。アンジョルラスはできるだけさっさと教室を出てしまおうとしたが、ジョリーは後ろで待ち構えていた。「本を持ってあげようか?」と、この気で病む青年は言った。
 アンジョルラスは彼に奇異の目を向けた。
「気分は大丈夫か、ジョリー? 今度こそ本当に病気なんじゃないか?」
「気分は最高だよ」
「そうか、それじゃな」アンジョルラスはホールの向こうにクールフェラックの姿をみとめ、そちらへ飛んで逃げた。
「クールフェラック、今日ジョリーと話したか?」
「ああ、さっき会ったよ。なんで?」
「その、なにかおかしな様子じゃなかったか?」
「いや、普段以上には」
「そうか。じゃ‥‥」と言いかけて、アンジョルラスは、クールフェラックがまばたきをしているようなのに気がついた。「目にゴミでも入った?」
「いいや」
 クールフェラックは唇を舐めて、溜息をついた。





「何が起きているのかつきとめなければ」
 アンジョルラスは早々と決意した。仲間たちの何がそんなに気になるのかわからなかったが、とにかく居心地が悪いのだ。彼はその日のうちに、カフェで彼らの更なる奇妙な振る舞いに気がついた。ずっとどこかの少女にのぼせあがっていたマリユスは今や、アンジョルラスに向けてまばたきを送ってき続けているクールフェラックの方をうっとりと見つめていた。ジョリーはアンジョルラスに、うちに寄っていかないかと三度も訊ねてきた。フィイは扇子を使いながらジョリーの方を盗み見るのをやめなかったし、プルヴェールはといえば、誰かの気を引こうとして、気のない返事しか返さないグランテールに向かって詩を朗読するという完全に無駄な作業に勤しんでいた。そしてどうも落胆しているように見えた。
 アンジョルラスは、その夜寝る前にこれらのことについてよく考えてみたが、何の意味も見いだせなかった。何かおかしなことが起きているのは確かだ。しかし彼にはそれが何なのかさっぱりわからなかった。
 翌日、彼がカフェに着いてみると、先に来ていたのはグランテールだけだった。
「やあ」ボトルからじかに飲みながら、グランテールが言った。
「お早う」アンジョルラスは落ち着かなげに座った。「ちょっと聞いてもいいか?」
「どうぞ?」グランテールは飲み続けながら答えた。
「他の奴らなんだが、最近様子がおかしいと思わないか?」
「いいや」とグランテール。「しかし、僕は別に気をつけてるわけじゃないからな」
「そうか」
「悪いね」
「いや、いいんだ。少し気になっていただけだから」
「なんかおかしいと思うことでもあったのかい?」
「大したことじゃないんだ」アンジョルラスは溜息をついた。「ほんとに大したことじゃ‥‥」
 その時、クールフェラックとジョリーが部屋に入ってきた。アンジョルラスはいつもどおり二人に声をかけてから、慌てて彼らを見直して目を見開いた。
「君たち、手をつないでるのか?」彼はけげんそうに訊いた。
 クールフェラックがにやりと笑った。
「ああ、そうだよ」
「どうして?」
 ジョリーが咳払いをした。「そりゃ君も知ってのとおり、僕ら一緒だからさ」
「一緒?」まだ意味が掴めず、アンジョルラスは繰り返した。「どういう意味だ?」
「つまりね」とジョリーは言葉を続けた。「僕たちは二人とも君に恋してたってことがわかったんだけど、どちらも永遠にかないそうになかったから、お互いに注意を向けたってわけ」
 アンジョルラスは言葉を失って彼を凝視した。
「僕ら、お互い好きあってるんだ」とジョリーが言った。
 アンジョルラスはまだ何も言わなかった。
「本当に気に入ってるんだよ」何らかの返答を期待して、クールフェラックが付け加えた。
「嘘だろ」と、アンジョルラスは言った。
 ジョリーは肩をすくめ、クールフェラックを部屋の一角へ引っ張っていった。彼らを目で追っていったアンジョルラスは、二人が、彼に言わせれば情熱的すぎるキスを交わすのを見てショックを受けた。「嘘だろ」彼は繰り返した。
 グランテールはそれには気づかずに、ワインを更にもう一口あおっているところだった。彼は気高きリーダーの方を向いて「なあ‥‥」と話しかけようとしたが、アンジョルラスが何かに呆然としているのを見て言葉を切った。グランテールは彼の視線をたどっていって、ジョリーとクールフェラックがキス(もちろんフレンチ・キス。だってここはパリなのだから!)の合間に愛おしげに見つめ合っているのを発見してしまった。
「うわっ!」グランテールは叫び、手にしていたボトルを床に取り落としそうになった。「嘘だろ」
「嘘だろ‥‥」アンジョルラスが同調した。
「奴ら、そんな、おい、嘘だろ!」
「全くだ‥‥」
「あれっ、やるじゃない!」そう言ったのは、ちょうど部屋に入ってきたプルヴェールだった。
「きゃあっ!」彼の後についてきていたマリユスが悲鳴を上げた。
「ショックだよな?」と、話せる程度に回復したグランテールが言った。
「なにが?」プルヴェールが聞き返した。
「つまり、奴らがあんなだってことがさ?」
「僕もあんななんだけど」と、プルヴェールは恥じらうようなまなざしをグランテールに投げかけた。
「嘘だろ」グランテールは呻いた。
 マリユスはというと、すっかり打ちのめされた顔になっていた。彼は哀れっぽく声をあげた。
「ああ、クールフェラック。どうして僕にしてくれないのさ?」
「まあまあ」とプルヴェールが慰めた。「気を落とす事ないさ。元々君のものじゃなかったんだから、失うってわけじゃないだろ」
「まあね」マリユスは溜息をついた。「それに、僕の詩を彼に送ったとしても、それほど気に入ってもらえたとは思えないし」
「詩だって?」プルヴェールが尋ねた。「君は詩を書くのかい?」
「沢山ね」マリユスは答えた。「でも今となっては全て無駄なことさ!」
 プルヴェールはマリユスからグランテールに視線を移し、そしてもう一度マリユスを見た。彼はこれまであの酔っ払いに一生懸命かなわぬ想いを詩にのせて訴え続けてきたが、なんとマリユスは詩を書いていたのだ!
「もし良かったら、僕の詩を聞いてみてくれる?」彼はおずおずと尋ねた。
 マリユスは大仰に溜息をついて、プルヴェールからクールフェラック、そしてまたプルヴェールへと視線を移した。クールフェラックはそれは魅惑的だった。だが何といってもプルヴェールは詩人なのだ!
「喜んで!」マリユスはにっこり微笑んだ。
「嘘だろ、おい」マリユスとジャン・プルヴェールが二人して隅のテーブルに引っ込んだのを見て、アンジョルラスとグランテールは異口同音に呟いた。
 その時、廊下の方から悲嘆に暮れた叫び声が飛んできた。
「ああ、君は僕のものになってはくれないのか!」
 グランテールとアンジョルラスが振り向くと、フィイが惨めな顔をしてジョリーを見ていた。
「君らはみんなそういう風なのか?」と、アンジョルラスが詰め寄った。
 フィイは戸惑ったような顔になった。「君たちは違うのかい?」
 アンジョルラスはこれまでの十倍もショックを受けて、やっとのことで声を出した。
「なんだって?」
「君たちは違うのかい?」フィイは繰り返した。「つまり、僕らはみんな、君と彼が‥‥」と、グランテールを指し示して、「そうだと思ってたんだけど」
「嘘だろ!」グランテールがワインにむせかえった。
「彼、僕が、まさか、違う!」アンジョルラスは怒鳴った。
「本当に?」フィイが疑うように言った。「誓って?」
「違うっ!」アンジョルラスは力を込めて繰り返した。「僕はこの国を愛してる、それが僕の生きる全てだ。こんな下らない、こんぐらがった恋愛事情に関わってる暇なんかない!だいたい、もし僕が誰かと愛し合うとしたら、それは僕と同じくらい祖国を愛する誰か素敵な女性とだ。まちがってもこの男とじゃない」と彼は、嫌悪を込めてグランテールを睨んだ。
 フィイはグランテールの方を向いた。
「じゃあ君だ。君のその英雄崇拝はもちろん、もっと他の気持ちのカムフラージュなんだよな?」
 グランテールはまたもやワインにむせ返って渋面を作った。
「あり得ない!女の子や酒を好きだっていうのと、彼を好きだってのは全然別だぜ!そりゃ彼はヒーロー、完全無欠のアイドルさ、だが恋人にとなると? いや、ご遠慮申し上げるよ、もし良ければ僕はスカートを穿く人種だけを相手にしていたいね」
「ふうん」とフィイは言った。「ま、君らがそう言うんなら」
 アンジョルラスは部屋を見渡した。
「今日の会合は中止だ。皆、明日顔を合わせる時には個人的な感情はすべて家に置いてくるようにしよう」
 そう言うと彼はくるりと向きを変え、大股に部屋を出ていった。
「待ってくれ!」とグランテールが叫んだ。フィイは彼を奇妙な目つきで見ていた。「僕をここに置いてくな!」
 二人が行ってしまうと、残った者たちはそれまでの動作をぴたりと止めた。
 突然、マリユスが笑い声をあげた。
「よし!さあみんな、10フランずつだ!だからあの二人は違うって言っただろ!」
 みんなはぶつぶつ言いながらも負けを支払った。
 ジョリーは溜息をついた。「あいつら絶対そうだと思うんだけどなあ。おい、クールフェラック、もう一度だ!奴らがまだ何か隠してる方に20フラン!」
 クールフェラックは頷いた。
「じゃ、賭け成立のキスだ」
 そして、二人はキスをした。



End.





 訳者あとがき:

 実はこれ、約三年前、私が初めて読んだレミゼファンフィクションです。当時はファンフィクションというものを知って間もなかった頃で、そういえばレミゼの小説ってあるのかなー? と軽い好奇心で検索して見つかったのがこの作品。ああ、あるじゃん。しかもABCの話じゃん。読まなきゃ。とこれまた軽い気持ちで開いて読み始めて数分後。

 ‥‥何? いったい何をしてるのこの人達!? アンジョルラスとグランテールより私の方がショックで死にそうなんですが!?
 と、真夜中、誰に助けを求めることもできず頭から毛布かぶってガタガタ震えてたのを覚えてます(笑)。
 今より更に英語力がなかったのでオチを理解するまでに五回ほど読み直さなければならず、その間ずっと笑いが止まらなくて震えっぱなし。そしてショックから立ち直ってみると、こいつらをそういう目で見てたのはやっぱり私だけじゃなかったんだ!(笑)と無駄に自信が湧いてきて、それから更に色々読みあさるようになりました。
 そんな風に思い入れの強い作品ですので、紹介することができてほんとに嬉しいです。
 できるだけ原文の破壊力を再現しようと努力しましたが、訳を読まれて面白いと思われた方は、できれば原文だけで読んでみてください。本当に笑い死ねます。

 Thank you so much to Jenelin for permitting me to translate this fic and use it on my site!
 Updated 25 July 04