この「コラント亭の歴史」の章には、バリケードが築かれることになるコラント亭周辺の地理がとても詳しく書かれています。文章だけでは想像がつきにくいですが、地図と照らし合わせて読んでみると何を言ってるのかよく判ります。 市場町があった場所は、現在はフォーラム・デ・アル(Forum des Halles)という半地下型の大きなショッピングセンターになっています。あとはランビュトー街(rue Rambuteau)をシャンヴルリー街と読み変えるだけで、道の形はそれぞれ変わっていますが、地形はほぼそのまま今の地図の上に読みとれます。 さあ皆さんレッツチャレンジ。 縦の二本の足はグランド・トリュアンドリー街とシャンヴルリー街とであり、」 「斜めの足はプティート・トリュアンドリー街となる。」 「そして古いモンデトゥール街が、最もひどい角度で三本の足と交差していた。」 「二方は市場町とサン・ドゥニ街とにはさまれ、 他の二方はシーニュ街とプレーシュール街とにはさまれた、この二百メートル平方ほどの地面に、」 「人家の小島が七つできて、どれも皆妙な形に断ち切られ、種々の大きさをし、秩序もなく並べられ、 ようやく間がすいてるだけで、あたかも石工場にころがっていて狭い割れ目で別になってる石塊のようであった。」 見事に全部残っています。 地図はこちらのサイトなどで、各々ご確認ください(道の名前で地図が検索できます)。 こちらはサン・ドゥニ街から見た、元シャンヴルリー街と言われるランビュトー街。冬の写真です。 この道の奥が漏斗状に細くなっていった右の角のところにカフェ・コラントがあり、この道をふさぐ形でバリケードが築かれたんですね。 ボシュエの声がクールフェラックに届いたくらいだから、それほど遠くではなかったはずだよなーと思いながら眺めていてトラックに轢かれかけました(写真の奥に写ってるやつに…)。 ランビュトー街周辺はとても賑やかな、人の集まるショッピングストリート。カフェやブティック、アダルトショップ、観光客向けの店が目立ち、ポンピドゥーセンターが近いためかアート系の店も多いようです。 ちなみにあと一つ出てくるピルーエット街はここにはもう残っていませんが、思いがけない所に名前が移っていました。 フォーラム・デ・アルの中です。 たかだかこれだけのスペースがピルーエット街。 このフォーラム・デ・アルは半地下四階建てですが、その中の道全部にことごとく名前があります。ちょっと開けた場所があったら広場としてまた別に名前がついています。やることが ユゴーの文章が描写がやたら詳しくて、年代や人の名前や場所やその他何もかもに細かいのは、あれは国民性なのかもしれないとか考えてしまいました。 |