ファンフィクションとABCの友

Les Amis Discover Fanfic

Written by The Lark
Translated by Chicory






 ある日のカフェ・ミュザン。恐れ知らずのリーダーはテーブルの上に立って、彼お得意の「過激派は君達を必要としている!」的演説をぶっていた。ジョリーはワイングラスから染みらしきものを拭き取ろうとしており、レーグルは、自分の名前の正しい綴りを知るために名前辞典を調べていた。グランテールとクールフェラックは、隅の席でお互いの一番好きな台詞を教え合っていた。フィイがバオレルにポーランドに興味を持たせようと頑張っている後ろの席で、ジュアンが自分の最新の叙事詩集の編集作業をしていた。コンブフェールはアンジョルラスの後ろに立って、彼に小声で台詞を教えていた。少年ガヴローシュも同じようにアンジョルラスの後ろで、彼の動きを真似してはくすくす笑っていた。ごく普段どおりの光景だった。
 アンジョルラスは力強く赤旗を振った。「我々がなすべきことは、民衆の士気を高めて ー」そこで彼は言葉を止めた。「おい!君たち聞いてないだろ!」彼は苛立たしげに足を踏みならした。
 ジョリーはグラスの染みから目も上げずに答えた。「もちろん聞いてるよー、アンジョルラス。ねえ、ボシュエ、君これ汚れだと思う?」
 アンジョルラスはもう一度足を踏みならそうとして、間違ってガヴローシュのつま先を踏んでしまった。途端にガヴローシュは泣き喚き始めた。「うわああああん!この意地悪なお兄ちゃんがおれのこと蹴ったあ!」
 みんながおかしそうに見ている中、アンジョルラスはテーブルから飛び降りて、ガヴローシュを黙らせようと無駄な努力をした。「浮浪児め!やめろ!」彼は溜息をついた。「オーケー。いくらほしいんだ」
 ガヴローシュはぴたりと泣くのをやめ、いきなりビジネスライクな態度になった。「10フラン」
 アンジョルラスは、彼のベストのように真っ赤になった。「馬鹿もたいがいにしろ!」
 だがガヴローシュが再び泣き叫ぼうと口を開きかけたので、アンジーは慌てて金を出してこの浮浪児を追い払った。ガヴローシュは大喜びでグランテールとクールフェラックのテーブルに飛び上がった。「みんな飲めよ、おれのおごりだ!」
 アンジョルラスは机の上に戻り、フェールと迷惑げなしかめ面を交わし合った。しかしながら、彼がもう一度スピーチを始める前に、その場にマリユスが駆け込んできた。
 アンジョルラスはほっと溜息をついた。「ありがたい!何であれともかく、日課がやってきた。遅刻だぞ!」
 ジョリーが立ち上がった。「その顔はどうした、マリユス?」
 グランテールが空のワイングラスを掲げた。「わけをきかせろよ!」
 マリユスはジョリーの隣に腰を下ろした。「彼女は幻、僕に微笑んで‥‥ちょっと待てよ? 僕たち、またミュージカルに迷い込んでるぞ!今すぐやめなくちゃ、訴えられちゃう!」彼はぶるっと身震いをひとつして、書類の詰まった大きな箱を掲げ上げた。「これ見てくれよ!」
 レーグルは名前辞典を閉じた。「何だい?」
「これは箱いっぱいの ー」彼は一瞬言葉を切り、新しく覚えたこの妙な言葉を正しく思い出そうとした。 「『レー・ミッズ・ファン・フィック』だってさ」
「ファンフィク? 何だいそれ?」フェールは困惑顔でテーブルから飛び降りた。「レ・ミズ? 何のことだろう?」
 マリユスは肩をすくめた。「さあ。もう一度コゼットをストーキングしようと思って出かけようとしてたところに、妙な服を着た女の子が訪ねてきたんだ。自分は『作者』で、僕らが彼女の作品をどう思うか知りたいって言って、この箱を僕に押しつけて笑いながら走って行ってしまったんだ」
 マリユスがジョリーとレーグルのテーブルに箱を置いたのでみんなは見ようとその周りに集まったが、アンジョルラスが彼らを脇に押しやった。「待て。爆弾かもしれない。警察のスパイどもがどれだけ僕らを一掃したがっているかは、みんな知ってのとおりだ。安全のために、まず僕に点検させてくれたまえ」
 コンブフェールは訝しげに目を上げた。「ねえ、アンジョルラス。今は1832年だよ。爆弾の心配はそれほどないんじゃないかな。つまり、まだ発明されてないんだからさ」
 アンジョルラスは得意のしかめ面に顔をしかめてみせた。「なるほどね。いいとも。じゃあ、どっちにしろ僕が一番だ!」そして彼は有無を言わさず、コンブフェールを押しのけて箱を開けた。「なんだ、ただの紙束じゃないか!」
 ABCの友は不満顔になったが、めいめいに紙束をとりあげた。彼らがレーグルとジョリーのテーブルの周りでそれぞれ席について中身を読み始めようとした時、突然、フィイが声をあげた。「おい、見ろよ!僕の名前がある!」彼は自慢げに微笑んだ。「僕、字が読めるんだぜ」
 バオレルは溜息をついた。「知ってるよ、フィイ。毎日きかされてるからな」
 コンブフェールは読書用の眼鏡をかけると、ページを丹念にチェックしていった。「フィイの言うとおりだ。それに僕のもだ。それにアンジョルラス、クールフェラック、僕らみんなの名前がある」
 バオレルが興味を引かれたように声をあげた。「僕のもか?」
「ああ、いや。悪いけど君については何も見あたらないな、バオレル (※1)
「フン!」バオレルは不機嫌に顔をしかめ、椅子にどさっと腰を下ろした。
 アンジョルラスは紙束を掴んでテーブルに叩きつけた。「誰かが僕らについての物語を書いている!」全員をいかめしく睨み回し、「さあ、誰が情報を漏らしたんだ? 革命が六月六日に予定されていることは誰にも言うなと何万回も念を押したはずだ!」彼はグランテールの耳をひっつかんだ。「君だな? 奴らは君に何を約束した、一生分のアブサンか? 消えて失せろ、この役立たずの‥‥」
 コンブフェールがアンジョルラスの腕をとらえた。「アンジョルラス、誰も情報を漏らしたわけじゃないと思うよ、いいかい?」と、指し示して、「どの物語にも、最初に小さく『免責事項』とある。これによると、作者は僕らのことをヴィクトル・ユゴーとかいう男から聞いたらしい」
 その時、ジョリーが悲鳴をあげて読んでいた物語を床に投げつけたので、アンジョルラスはグランテールに退去を命じるチャンスを逃してしまった。ボシュエは気遣わしげにジョリーを見た。「ジョリー? どうかしたのか?」彼は熱でもあるのかと友人の額に手を伸ばしたが、ジョリーは顔に恐怖の色を浮かべ、目を覆ってバンシーのようにヒステリックな悲鳴を上げて後ろに飛びすさった。
 クールフェラックはレーグルからジョリーに目を移した。「どうしたんだ?」
 ボシュエは困惑に肩をすくめ、何か手がかりでもあるかとジョリーの投げ捨てた物語を床から拾い上げて読み始めた。だがページをめくっていく毎にその目は少しずつ大きく見開かれていき、半分ほど読み進んだところで、彼はこらえきれずに叫び声をあげて物語を床に放り投げなおした。
 クールフェラックは彼を激しく揺さぶった。「一体どうしたんだよ、お前ら?」
 ボシュエは呼吸困難に陥りながら、床に落ちたフィクを指差した。「その話。それ、それの中で、僕とジョリー、が、あ、あ、あ、」
 クールフェラックはその背中を乱暴に叩きつけた。「言っちまえ、ボシュエ!」
 ボシュエはやっとのことでその言葉を吐き出した。「セ、セ、セックスしてるんだ!!!あああ!」
 マリユスは真っ青になって、ガヴローシュの耳を叩きつけるようにして手で塞いだ。「純真な子供の前でそんなこと口にしちゃだめだよ!」
 ジュアンの目が、飛び出しそうなほど大きく見開かれた。「ガヴローシュなんかどうでもいいよ!僕の前でそんなこと言わないで!いやああ!」
 アンジョルラスは、普段グランテールのために取っておいてある嫌悪の目つきをレーグルとジョリーに向けた。「なんと嫌らしい連中だ!君らも僕の前から消えて失せろ!」
 その時、コンブフェールが彼の袖を引っ張った。「アンジョルラス、そう結論を急がないで」
 アンジョルラスは憤りを抑えつつ溜息をついた。「今度は何なんですか、お母さん?」
「これは全部誰かのでっちあげだと思うんだ。この『フィク』ってやつの中に書かれている出来事はどれも、実際に起きたことはないじゃないか」
 するとその時、大きな声が天から降ってきた。「あなたたちの次元ではそうかもしれないわね!」
 青年達は戸惑って上を見上げた。「そこにいるのは誰だ?」アンジョルラスが問いただした。
「神様だよ!」マリユスは恭しく十字を切って、クールフェラックに勝ち誇った笑いを向けた。「君は僕が毎週ミサに行くっていうんでからかってたよな。まぬけだったのはどっちだろうね?!」
 グランテールは上を見てシニカルに呟いた。「神様が屋根の上に住んでるとは知らなかったよ」
お黙りなさい!」声がとどろきわたった。「私は神様じゃありません!私は ー 作者よ!
 ジョリーがばっと立ち上がり、喧嘩を挑むように拳を突き上げた。「姿を見せろ!姿を見せろ!」
 作者の笑い声が響きわたった。「抵抗しても無駄よ、可愛いジョリー。私は平行宇宙から来た全能なる十七才なんだから。私と物理的に殴り合いのケンカをしたいと思ったら、あなたはまず大変な苦痛を伴う放射性爆発を何度もくぐり抜けて未来的な変換処置を受けないといけないわ」
「全能だろうが何だろうが、僕は作者など恐れないぞ!」アンジョルラスはその声に近づこうとするかのように椅子の上に立ち、天井に向けてカービン銃を撃った。
ちょっと!私を撃ったって、殴るのと同じくらい何の意味もないのよ。私が本当に怒る前にその口を閉じて、座りなさい!」
「すみません、作者さん? ひとつお聞きしたいんですが?」マリユスが怯えた裏声で言った。
 作者は嬉しそうな声になった。「ああ、少なくともマリユスは口の利き方を知ってるようね。いい子ね、マリユス、ヴィクトルさんがあなた一人を生き残らせたわけがわかるわ」
 フィイは額に皺を寄せた。「ヴィクトルさん?」
「あなたたちを作った人よ」
「じゃあ、そのヴィクトルという人が神様なんですか?」マリユスが問いかけた。
「んー、そういうわけじゃないんだけど。まあどうでもいいから、全員何も言わずに読みなさい!」
「でもおれ、字なんて読めねえよ!」ガヴローシュが抗議した。
「あらそう」作者は咳払いをした。「それじゃあ、アンジョルラスに読んでもらいなさい」
「いやだ!」アンジョルラスは唸った。「こいつはいつだって、僕のポケットから財布を掏り取ることしか考えてないんだぞ!」
「これはお願いじゃなくて命令なのよ!私は感想がほしいの、でも他に誰もこの妄想、じゃなくて、芸術を読んでくれないんだもの!」
 正体不明な声のこだまが消えていくのを聞きながら、彼らはしぶしぶ腰を下ろして目の前のファンフィクの山に取りかかった。苦労しながら読み進めていくうちに、彼らの顔は嫌悪と困惑と激怒で(特にアンジョルラスの場合は激怒で)次第に赤くなっていった。
 たっぷり三十分も沈黙が続いたあと、アンジョルラスはこらえきれずに癇癪を爆発させ、もう何作目になるかわからない「メアリー・スー」ストーリーを音を立ててテーブルに叩きつけた。(※2)「一体どこのどいつが好きこのんでこんなたわごとを読むっていうんだ? 馬鹿馬鹿しい!」
 コンブフェールは苦虫を噛み潰したような顔で天井を振り仰いだ。「僕のも全部同じようなものだよ。みんな死んでしまうのに僕だけが奇跡的に生き残って、嘆き悲しんでいる誰かの妹と結ばれることになるのが定番だ」
 フィイが紙束をぽんと投げ捨てた。「妹がどうしたって? 僕には修道院ひとつ分以上の妹がいるらしいぜ!こんな、いもしない妹とのセンチメンタルな別れのシーンより僕について他に何か書くことないのかよ、あの作者とかいうのは?」
 ジュアンは考え深げに二本の指を唇に当てた。「ちょっと見せてくれよ」彼はフェールとフィイのフィクをとって、自分のと比べ読み始めた。「思ったとおりだ。この恋煩いしてる妹っていうのは、みんな同じ人だよ!」
 自分のフィクがないので退屈していたバオレルが、確かめようとそれを取り上げた。「ジュアンのいうとおりだ、みんな。どれも十七才で、独力で学問を身につけた、男勝りしすぎの労働階級の娘ばっかりだ。作者はたんに名前を変えていってるだけさ」
 フィイは疑わしそうに目を細めた。「十七才? 作者の奴、たしか自分は十七才だって言ってなかったか?」
 ジュアンの瞳が、ひらめきにぱっと輝いた。「ねえ作者さん、この妙な女の子たちはあなた自身がモデルなんでしょう?」
「うっ、ち、違うわ、とんでもないわよ、プルヴェールさん!ばかばかしい!」
 ジュアンはいかめしく指を振った。「正直に言いたまえ!」
 溜息が聞こえた。「ああ、わかったわよ。白状するわ。悪気はなかったのよ ー 私はただあなたが可愛いと思っただけなの」
「ちょっと!」フィイが口を挟んだ。「僕はどうなんだい?」
「あなたも可愛いわよ、フィイ」
 このお世辞に気をよくして、フィイは頷いた。「なら、よし」
「それじゃ、私は最新作の執筆に戻らなくちゃ。今度は長編タイムトラベルストーリーよ。私が突発事故で1832年にタイムスリップして、アンジョルラスと結婚する話」
「僕と!」アンジョルラスは恐怖にさっと顔色を変えて叫んだ。「なんで僕なんだ?」
「だって、あなたは夢のようにすてきなんですもの」物欲しそうな溜息。「あと私、親友にはマリユスをあげるってもう約束しちゃったから。じゃね!」
 アンジョルラスは、消えてしまった作者の声に穴を空けてやろうとでもいうように天井を睨みつけた。「なあ、みんな。考えてみれば彼女はあの、僕がフィクの中でいつも恋に落ちさせられている、頭のおかしいエポニーヌとかいう娘にそっくりだ (※3)」そう言って、彼は分厚いフィクの束を振った。
 聞き覚えのある名前に、マリユスの耳が大きく反応した。「エポニーヌ・テナルディエ?」
「その子だよ」アンジョルラスはうんざりした声で答えた。「どこかの虱のたかった浮浪少女だが、気の強いフェミニスト好みの性格をしてるせいで僕の相手にぴったりだと思われてるらしい。なぜだい?」
 マリユスは山と積まれた作者の "オリジナル" ポエム(オリジナルにしては奇妙なことに「恵みの雨」を彷彿とさせるものばかりだったが)を脇へ押しやった。
「僕はその子を知ってる。この作者の書くところによると彼女は僕に心底のぼせあがってて、どこかで僕をかばって銃弾を受けるそうなんだが、そのせいで彼女のファンがみんな僕を恨んでるらしいんだ」彼はきっと天井を見上げた。「エポニーヌが僕を好きだなんて僕にわかるはずがないじゃないか、彼女は一度もそんなこと言わなかったんだぞ!僕はただのシャイな一学生で、恋愛経験なんてひとつもないんだ。それなのにどうしていつも僕を頭の足りない間抜けみたいに書かなきゃならないんだ?」
「ええと。ええと。どうしてもよ!」作者は吐き捨てるように答えた。
「もっとましな理由がほしいな!それに僕のコゼットの扱いがあまりにひどすぎるよ。これじゃ、甘やかされすぎてスポイルされた頭が空っぽの女の子だと誤解されるじゃないか。どうしてそんなに手厳しくしなきゃならないんだ? 彼女は最高に素敵な娘なのに」
「悪いわね、マリユスさん」ドライな声が返ってきた。「でも私たちエポニーヌファンは、とにかく誰かを責めとかないと気がおさまらないのよ」と、作者は鼻を鳴らした。
 マリユスは不機嫌顔で腕を組んだ。彼は床に伸びている人事不省のグランテールをまたぎ越して、部屋の隅に行って拗ね始めた。ジョリーが膝をついて、グランテールの脈を確かめようとした。「グランテール? グランテール、大丈夫かい?」
 酔っ払ったグランテールは何かをむにゃむにゃと言い返した。レーグルは彼の左手に空っぽの大きなブランデーの壜が握られているのに気がついた。そして右手にはアンジョルラス/グランテールのロマンスストーリーの束。  そのフィクの束を取ってめくっていたレーグルが、とつぜん大喜びで笑い声をあげた。「ハ!これ見てみろよ、アンジョルラス!彼女がとりあげてるのは僕とジョリーだけじゃないみたいだぜ」
 アンジョルラスはそれを受け取って読み始めたが、ページを繰る毎にその顔からは血の気が引いてゆき、不健康な色に青ざめていった。「僕。僕と‥‥僕と、あれが?!」彼は意識のないグランテールを指差した。「気が遠くなる‥‥」彼は目を回してグランテールの隣にばったり倒れてしまった。
 その拍子に大文字のRは目を覚まし、のっそり起きあがって目をこすった。
「ふぅ!とんでもない夢を見てたよ。別の次元から来た頭のおかしい万能のティーンエイジャーに『フィク』とかいう奇っ怪な物語を無理矢理読まされたんだ。その中ではいつでも僕とアンジョルラスが恋に落ちてて、二人で酔っぱらってベッドに転がり込むことになるんだ」
「あの、グランテール」とレーグルが言いかけたが、グランテールはそれを遮った。
「で恐ろしくてたまらなかったんで、その気持ち悪いシーンを記憶から消しちまうためにブランデーを三本あけなくちゃならなくて‥‥」その時、大文字のRは周りに散らばっているブランデーの壜に気がついた。「1、2、ああ!夢じゃなかった!」彼はポケットをまさぐるとアブサンの壜を取りだし、それを驚くほどの速さでごくごくと飲み干した。「眠らなきゃ、眠って忘れなきゃ!」彼は唐突に言葉を切ると、どたんと床に倒れた。「ああ、愛しいアブサンよ。おまえだけは決して僕を裏切らないでくれる‥‥」そう言って、彼はまた気を失った。
 グランテールを起こすのが不可能なのはよく承知しているので、レーグルは代わりにアンジョルラスを揺すって起こそうとした。「アンジョルラス? アンジョルラス、起きてくれよ」
 ジュアンがアンジョルラスの腕を慰めるようにぽんぽんと叩いた。「気にすることないよ、アンジョルラス。君達だけじゃないんだから。彼女、僕達全員で同じことしてるんだ」彼はテーブルの上の、三角関係スラッシュフィクを指さした。「僕はレーグルに恋してるし、レーグルはジョリーに恋してるし、ジョリーはコンブフェールに恋してるし、コンブフェールは君に恋してる」
 アンジョルラスは後ろに飛び下がった。「僕にさわるな!君らの誰かが僕にさわるたんびに、僕は純潔の誓いを破ってしまうことになるらしいんだから!」
 アンジョルラスはよろめき、崩れ落ちるように椅子に腰を下ろすと天井に拳を突き上げて叫んだ。「くたばれ、作者め!」
「もう、落ち着きなさいよ、アンジョルラス。でないとあなたがジャヴェール警部の隠し子だったことが判明するって話を書くわよ」
「できるわけないだろ!僕にはちゃんと両親がいるんだぞ!」
「じゃあ違う話を考えなくちゃね。そうだ!あなたに生き別れの娘がいたってことにしましょう!あら、これいいじゃない。あなたの優しい思いやりのある一面を見せるチャンスよ」
 今やアンジョルラスの顔は完全に紫色になって、手はあまりに強く握り締めすぎたので真っ白になっていた。
 作者がアンジョルラスに何か後悔しそうなことをさせかねなかったので、コンブフェールは横から口を挟んで、彼女の気をそらそうとした。「作者さん、質問があるんですが」
「なあに、コンブフェール?」
「この、いつも出てくるアンジーという人は誰なんです?」
「アンジョルラスよ、もちろん」
「それからいったい、このフェールというのは?」
「あら、あなたよ!」
 ガヴローシュは眉をしかめた。「それで、なんであんたは俺のことをギャビーなんて呼ぶんだよ? こんなの女の名前みたいじゃないか!」
「だってギャビーとかフェールとかアンジーとかの方が可愛いじゃない?」
 ガヴローシュは地団駄を踏んだ。「可愛いのなんていやだっ!
 鳴り響いてくる声がやさしげになった。「うううん、でも自分の小ちゃな可愛い顔を見てごらんなさいな。仕方ないのよ!」
「可愛いなんて女どもに使う言葉じゃねえか!」
「まあ我慢なさいな。私たち作者はあなたに首ったけなのよ、おちびさん」
 アンジョルラスの顔が吐き気に歪んだ。「私たち? 今、複数形で言ったな? 君の他にももっと作者がいるということなのか?」
 作者は答えなかった。ただ邪な笑い声だけが返ってきた。
 ガヴローシュは部屋の隅へ行って、マリユスと一緒に拗ね始めた。唯一の慰めは、誰も彼のような子供を題材に恋愛ものを書くことはできないということだけだった。
 全能なる作者はもちろん彼の考えを読むことができた。「それはどうかしらね、ガヴ。私はいつだってあなたが死ぬシーンを書き換えて『奇跡的に生き延びた』ってことにできるし、そしたらあなたは大人になって、マリユスとコゼットの娘と結婚できるわよ!」ABCの友たちは彼女が嬉しそうに手を叩く音を聞いた。そして、それに続くタイピングのようなノイズ音。
 ガヴローシュは部屋の隅に縮こまった。「マリユス、おれ怖いよ」
 マリユスは、自分も怖さに震えているのに気づかれませんようにと願いながらガヴローシュの肩に腕を回した。 「僕のこと、パパって呼ぶ練習した方が良さそうだよ‥‥」


End.





 訳者あとがき:

 海外レミゼフィクの有り様が見事に要約されています。SlashにMary-Sue、エポニーヌの片思いポエム(また実際多いんです、これが!)。作者がエポニーヌ贔屓のあまりマリユスとコゼットを迫害したり、グランテールとアンジョルラスが酔っ払ってベッドインしたりというのはどうやら定番のようです。
 それにしても、フィクを書いてもらえないバオレルが哀れ(笑)。彼がメインで出ているフィクがなかなか見つからなくて残念に思っている身としては、指摘されて嬉しいような悲しいような。
 ところでこの、ガヴが成長してマリコゼの娘と結婚するって話、面白そうだと思いませんか。

 Thank you so much to The Lark for permitting me to translate this fic and use it on my site!
 Updated 25 November 05















※1 ‥‥ミュージカルに出ていないせいで知名度の低いバオレルは、他のABCメンバーに比べフィクに出てくることが極端に少ない。→本文へ戻る

※2 ‥‥Mary Sueについてはfanfic用語集参照。→本文へ戻る

※3 ‥‥書き手がエポニーヌに自己投影するEppie Sueについてはfanfic用語集参照。→本文へ戻る